星の剣舞姫 第5話「グラン・ギニョルは炎のようで」2

 私達がマティルダの元を訪れた夜、早速アニェスの剣を作る作業は始まった。
 まずは準備なのだが、部屋に入る前に私とロベールは外で全ての服を脱ぎ、『聖別』したという水を被って身を清めるようアニェスに言われ、家の中へ戻って体を拭くと、用意してあった白い修道服に似た服を着せられる。
「それじゃ、行こうかしら」
 日本の着物と言われる衣服に似た、前で襟を合わせて腰に帯を巻いた、白くゆったりとした服を着たアニェスに先導されて作業部屋に入ると、アニェスは扉の鍵を厳重に施錠して、机の上に置かれた四個の香炉に向かう。
 銅で作られたそれらの香炉は龍、虎、鳥、亀の細工が施された東洋風のデザインをしていて、素人目にも高度な技術で作られた事が分かる物だった。アニェスが香炉の一つ一つに香料を入れて火を付けると、蓋に開けられた穴から煙が立ち上り、香りが部屋に漂う。その香りが私のような聖職者には馴染み深いものだったので、
「アニェス、この香りはもしかして──」
「ええ、乳香よ」
 問いの最後まで聞かずにアニェスは答える。新約聖書に書かれた、キリスト誕生の際に訪ねてきた東方の三博士が捧げたとされる贈り物の一つで、今日でもミサなどで焚かれる物だ。
「この香を四神──青龍、白虎、朱雀、玄武に対応する方向に置いて、部屋を霊的に清めて、外から隔絶するのよ」
 そう言って、以前にも見た磁石のような針が付いた板で方向を確認すると、アニェスは十字を切るような配置で香炉を部屋の隅に置いていく。
「まるで作業と言うより何かの儀式だな」
 私がそう感想を口にすると、
「間違ってはいないわね」
 あっさりアニェスは肯定して、
「これから作る剣には、私が師匠から叩き込まれ、習得してきた術はもちろん、西洋の錬金術やウィッチクラフト、ドルイドの技にカバラ、他にも私がこれまで見て、聞いて、触れて、嗅いで、味わって、感じて、知って、集めてきた全てを、一振りに注ぎ込み、詰め込んでみせるわ。天空の星の位置も、今夜が剣を作るのに最上と告げている。これを過ぎたら双魚宮の時代(ピスケス・エイジ)が終わって宝瓶宮の時代(アクエリアス・エイジ)に入らないと次のチャンスは回ってこない!」
 冗談など一切入ってない真剣な表情と口調でアニェスは続けて言い、そして宣言する。
「さあ、これから先は剣が完成するまで、例え外で何が起こっても──雨が降ろうが嵐が来ようが、地震が起きようが戦争が起きようが、外へ出る事はもちろん、作業の手を止める事もないわよ。ロベール、ローラン、あなた達も命懸けで付いてきなさい!」
 私達が否と答えるとは考えてもいない、と言うよりも返事など聞くつもりさえないというようにアニェスは言うと、まずは炉に火を入れるため、符がびっしりと全体に貼り付けられた松明を手に取り、火を起こしに掛かった。

 そうして私達は完全に外と遮断された環境にいたので、その夜パリで起こった事を全く知る由が無かった。
 もし私達が、それが無理ならせめてアニェスだけでも現場にいたならば、あの夜の犠牲は無かったのではないかと、今更考えても意味がないと分かっていても、思わずにいられないのだ。

「その話はもう何度目かしらね……何度も言うけど、私はここを離れるつもりはないわよ。あなた達の気持ちはありがたいけど、こことケベックでは風も土も、水も違うし、それにここにはあの人の墓があるからね。そっちへ行ったら墓の世話が出来ないじゃないのよ」
 パリ一八区にあるマティルダの菓子屋の二階は彼女の居住空間になっている。
 その夜マティルダは電話口の向こうの相手を気遣いつつも、相手の申し出をきっぱりと断っている所だった。既に何度も繰り返された遣り取りらしく、相手は懸命に食い下がっているようだったが、数十分に渡る応酬の後、今回もマティルダが勝利する。
「それじゃ、ミリアムが学校から帰ってきたらよろしく言っておいてね。おやすみ」
 受話器を置くと、マティルダは明日に備えて眠ろうと椅子から立つが、数歩進んだ所で下の階から激しい物音がして足を止める。
「あらやだ、泥棒かしら」
 眉をひそめてマティルダが下へ降りようと扉へ向かうと、背後の窓ガラスが派手な音を立てて割れる。マティルダは振り向くと、窓ではなく、窓ガラスを破って飛び込んで来た黒ずくめの人影の方へ目を遣り、次に更なる黒ずくめ達が扉を開けて続々と入ってくるのを見る。
「あらあら、こんな年寄りの一人暮らしに押し入るにしては、大袈裟すぎないかしら?」
 困ったように言うマティルダに、
「いいえ、あなたが相手ならこのくらいは必要よ。“徴(しるし)の”マティルダ」
 そう答えながら、黒ずくめ達の後ろから現れたのは、金髪をショートカットにした若い女性だった。荒事のためか全体的に黒ベースの色でまとめた動きやすい服装だったが、右袖は腕を通しておらず、窓からの風で揺れていた。
「本当はこんな直接対決は避けたかったけど、人形の腕があなたに渡ったのなら、話は別よ。あなたなら、あの腕に残ってる魔術式から私に行き着くのは時間の問題でしょうからね」
「どうやって、腕が私の所にあると知ったのかしら?」
「知りたい?」
 女性は口の端を上げて、指を鳴らす。それを合図に黒ずくめ達の両手指先から鋭い鉤爪が飛び出す。
「なるほど、あなたがアニェスの言ってた小ネクロス、エミリー・ベレッタというわけね」
 確信の口調でマティルダが言うと、女性──ベレッタは眉をピクリと上げ、
「そこまで知ってるなら、尚更生かして置くわけにはいかないわね。SA017からSA021、そのお婆さんを速やかに殺しなさい!」
 ベレッタの命令で黒ずくめの死霊人形達が一斉にマティルダへ殺到する──その寸前、マティルダが軽く指を振ると、死霊人形達の足は止まり、そのまま動かなくなる。
「随分甘く見られたものね。この程度の戦力で私を殺そうなんて。しかも私の家に押し入ってなんて、無謀もいい所よ」
 ベレッタが足元に目を遣ると、足元の床から青白く輝く紋様が浮かび上がって、離れようとしても足が床に貼り付いたように離れない。
「流石はフランス随一と謳(うた)われた魔道師だけのことはあるわね。自分の家に足止めの紋様をこれだけ仕掛けてあるなんて」
 苦々しげにベレッタは言うと、マティルダはいいえとかぶりを振る。」
「私の実力なんて、<塔>の更に上の人達や、宝瓶宮(アクエリアス)の血族に比べたら取るに足らないものよ。けど、このくらいなら出来るわ」
 そう言ってマティルダが指揮者のように両手を振ると、死霊人形達の体から青白く輝く文字や図形の羅列が展開される。
「これが死霊人形の邪法の魔法式ね。所々ネクロスの時代にはない式が入ってるけど、あなたのアレンジかしら?」
 膨大な量に渡る魔法式に目を走らせながら問うマティルダに、ベレッタは険しい表情で睨み付け、無言を通す。マティルダは溜め息を吐いて再び魔法式に視線を戻す。
「なるほど、おおよその構造は分かったわ。ここからここまでが霊魂の拘束で、それから命令の入力と実行だから、ここの箇所をこうすれば──」
 言いながらマティルダは魔法式のある箇所に指先を走らせて文字列を削除し、代わりに違う文字列を書いていく。すると死霊人形の一体が、糸が切れたように床に崩れ落ち、倒れ、続いて他の死霊人形達も次々と倒れていく。
「こんな短時間で魔術式を解析するだけでなく、書き換えて無効化するなんて……これが“徴の”マティルダの実力なの……」
 歯噛みして声を絞り出すベレッタを見て、マティルダは言う。
「自分の力をひけらかすというのは好きじゃないけど、分かってくれたら抵抗しないでくれるかしら? あなたには色々と聞きたい事もあるし」
「抵抗するなと言われて、素直に従う奴がどこの国にいるって言うのよ?」
 マティルダの言葉を鼻で笑いながら、ベレッタは腰に付けていた箱形の機械を左手に持つ。機械に並んでいるボタンの一つを押すと、階下から爆発音がして、建物が揺れる。
「何なの!?」
 流石に動揺するマティルダに、
「この下に仕掛けた爆弾を、爆発させたわ」
 ニヤリと笑ってベレッタは答える。
「ちなみに今のはほんの軽いジャブよ。この倍の威力がある爆弾を、周辺一帯に幾つも仕掛けて、このスイッチで好きな時に爆発させられるようになってるわ」
 そうベレッタは続けて、左手に持ったスイッチを見せつける。
「あなた、関係の無い人まで巻き込んで──」
「動かないで! 下手な事をすればボタンを押すわよ」
 声を上げるマティルダを、ベレッタがスイッチのボタンに指を掛けて制止する。
「“徴の”マティルダ──長きに渡ってパリと、パリに住む人々を愛し、守ってきた稀代の魔道師。けど、それが同時にあなたの弱点でもあるのよ」
 形勢が逆転し、勝ち誇るベレッタ。対してマティルダは焦燥を露わにしつつも、その目はベレッタの左手に握られたスイッチに注がれる。
「一体、何があなたをそこまで駆り立てるの……?」
 マティルダはベレッタに問い掛けながら、背後に隠した左手で紋様を描く。会話で時間を稼ぎ、注意を引きつつ、スイッチを持つベレッタの手を攻撃する魔術の紋様を描き切る──寸前、マティルダの胸から突然血が噴き出す。
「えっ──!?」
 不思議そうにマティルダは自分の胸を見ると、足が力を失って床に膝を突き、次いで前のめりに倒れる。
「残念ね。腹の読み合いは私の勝ちよ、マティルダ」
 瞬く間に床に広がるマティルダの血が足元の紋様に及んで効果を失い、倒れるマティルダに向かってベレッタは歩み寄る。
「死霊人形や爆弾であなたを倒しきれるなんて、私も考えてないわ。でも、あなたを後ろから撃ち殺せる隙を作らせるほどの動揺なら誘えると踏んだのよ。狙い通りだったわ」
 倒れ伏すマティルダを見下ろし、スイッチを腰に戻してベレッタは言うと、窓に視線を向ける。そこには死霊人形が一体、窓枠から上半身を出し、硝煙を上げるライフル銃を構えており、ベレッタは部屋に入るよう指示する。が、
「──!?」
 突然ベレッタは自分の顔を左手で押さえ、周りを見回す。すると、足元の床に血で描かれた紋様が弱々しいながらも光を放っていて、倒れているマティルダが懸命に頭を上げてベレッタを見上げている。
「なるほど、これがあなたの正体なのね……」
 血混じりの咳をしながら、得心の表情でマティルダが掠れた声を上げる。
「この、死に損ないが!」
 ベレッタは拳銃を抜くと、マティルダの背中に向けて撃ち込む。マティルダの背中に複数の穴が穿たれると、ようやく力尽きて彼女の頭が床に落ちる。
「よくも、これを見たわね……」
 忌々しげに言うベレッタの表情は怒りの形相に歪んでおり、左手で覆われていない右目は炎のように爛々とした光を宿していた。そして部屋の中で待機している死霊人形に命じる。
「SA022、この建物中にガソリンを撒いて、火を付けなさい! この死体も、建物も、何もかも燃やしてやるのよ!!」

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