星の剣舞姫 第4話「ボディーガードは繊細で」4

 翌日アニェスの家を訪れると、昨夜の襲撃などなかったかのように庭は綺麗に片付いていて、一体どうやってあの短時間でやってのけたのか不思議だったが、私は敢えてアニェス、ロベールには問わない事にした。聞けば後戻りできなくなる気がしたからで、既に後戻りできない所まで来ているだろうと思うだろうが、それでも進みたくない方向へは進みたくないと思うのが『常識』というものだろう。
 それから何かやる事があるらしくアニェスに追い返されたが、そう遠くないうちにまた剣の材料集めか作る手伝いで呼び出されるのは分かっていた。これは予想ではなくもはや確信であり、ならばまた『常識』の外へ駆り出されるまで聖職者としての務めを果たしていこうと思ったのは、未だ私の中に『常識』が残っている証であり、何があろうと失ってはならないものだった。

「あら神父様、こんにちは」
 数日後、また市場へ買い出しに行くと、果物屋の店先で女店主に声を掛けられた。
「ところでアニェスのお嬢ちゃんの事だけど、何か新しい事は分かった?」
 商売よりも先にアニェスについて尋ねられ、もはや呆れる気にもならず、
「いやぁ、なかなか向こうも心を開いてくれなくて」
 苦笑いを浮かべながら答える私に、
「あらそう? まあ焦らずいきましょう」
 あっけらかんと女店主は笑顔で返す。あれこれ話してきたり、しつこく詮索してくることがしょっちゅうな一方で、見込みがないと分かればすぐ引っ込む。だが彼女の辞書に『諦める』という文字はなく、常に追求の機会を伺い、知ったら瞬く間に客に広めてしまう所は下手なジャーナリスト顔負けだった。それでいて憎まれ口を叩かれる事はあっても恨まれているという話を聞かないのは人徳というものなのだろうか?
 そんな事を考えていると、市場の一角がにわかに騒がしくなる。
「あらあら、本当に懲りないわねぇ」
 呆れた口調で独りごちる女店主の店を後にして、聖職者という立場上揉め事ならば放ってはおけず、私が騒ぎの方向へ行くと、既に当たりは人だかりができていて、そこから激しい言い合う声が聞こえてくる。
「ちょっとすみません」
 言い合う声の一方に心当たりがある私が人の壁をかき分けて中へ入ると、視界の中にすっかり見慣れた姿を見つける。
「これも色付けにムラがあるわ。こんな物でお客にお茶を出したらセンスを疑われるじゃないのよ」
 露店に並べられたティーカップの一つを手に取り、アニェスがそう容赦の無い感想を口にする。私から見れば日常の使用に問題はないと思えたが、彼女には不満だったようだ。
「だが、前みたいな既製品の猿真似だなんて言わせねぇぞ!」
 アニェスと向かい合う、作者らしき若い男が負けずに言い返すと、
「それだって、まだ二番煎じから抜け出せてないみたいだけど」
 アニェスはサラリと返してみせる。本人にも自覚があるのか、男は反論できず歯噛みしたままウ~と唸る。
「まあ、ロベールがプライベートで使う分にはこれで十分でしょうよ」
 そう言ってアニェスはティーカップをロベールに手渡すと、もう用は無いとばかりに踵を返す。
「覚えてろ、今度こそお前を唸らせる物を作って来てやるからな!」
「申し訳ありません」と頭を下げながら代金を払うロベールへの返事もそこそこに、男がアニェスの背中に向けて叫ぶと、
「百年早いわよ」
 歩みを止めず、アニェスは肩越しに言い返した。

「アニェス」
 人だかりを抜けた所で、私は後ろからアニェスを呼び止める。
「あら、ローランも来てたの?」
 言葉とは裏腹に、やっと声を掛けてきたのという目でアニェスは振り返る。
「いくら何でもあそこまで言う事は無いだろう?」
 流石に私も我慢できず、少し厳しい口調で言うが、
「私が感じた事を正直に言っただけよ。作った本人がいくら良い出来だと思ったって、最終的に良し悪しを決めるのは客よ。一度出した以上、作った者ができる事は、良かれ悪しかれ客の評価をしっかり受け止める事。それでやめてしまうか、懲りずにまた作るか、それは向こう次第」
 鋭く切り込まれる正論に、私が即座に返す言葉を見つけられずにいると、
「仕方ありませんよ神父様。アニェス様にとって、大抵の物は満足するには到底及ばないのですから。受け入れる基準さえ厳しいのですし」
 追いついてきたロベールが、そうフォローするように言ってくる。
「それに、先程のティーカップも、あともう少し色付けが上達すればアニェス様ご自身で使っても良いというレベルまで行ってるのですよ。最初にあの店へ行かれた時も、形には文句を言っておられませんし、そもそも本当に出来が悪かったら、アニェス様はけなしさえされませんよ」
 続けて話すロベールに、「余計な事を言うんじゃないわよ!」とアニェスは彼の足を鋭く踏みつけ、さっさと行ってしまう。
「お待ち下さい!」
 足の痛みをこらえながら後を追うロベールを、周りの買い物客が呆れ、哀れみなどの目で見る。

 詰まる所、アニェスとロベールの関係はこのような主従関係という一言に尽き、周囲からどう見られ、どう思われようとも、二人がこの関係を変える意思も、増して崩す意思も一切無かっただろう事は、アニェスに関わった者のほぼ全てが持つ共通した見解だった。そして裏社会において幾多の伝説を作り、アニェスが私達の前から姿を消した後も、私達の記憶にある“星の剣舞姫”の傍らには姫君に傅く従者の如く、常にロベールの姿があったわけだが、それらについて語るのは、また後日のことにしよう。

Fin

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