星の剣舞姫 第4話「ボディーガードは繊細で」1

「こんにちは、神父様」
 六月のある日の午後、町の広場で開かれている市場へ買い出しに行くと、果物の露店で品定めしていたロベールが私の姿を見付けて挨拶をしてきた。
「やあ、こんにちはロベール」
 私も挨拶を返し、露店に山盛りになっている果物を物色に掛かると、
「ああ神父様、今夜食べられるのですからこちらがよろしいですよ」
 横合いからロベールが、山の中から幾つか取って差し出してきた。
「いや、有り難いんだけどロベール、一人じゃそんなに食べられないし、数日分買い出しに来たんでね」
「でしたら明日はこちら、明後日はこちらが、冷蔵庫に入れるのでなければちょうど食べ頃になりますよ」
 一つ一つ食べ頃を説明しながら差し出してくるロベール。
「見ただけで熟成具合が分かるのかい?」
 内心舌を巻きながら私が尋ねると、
「そりゃ、あのうるさいお嬢ちゃんの食事の面倒を見てたら、自然と目利きになるわよ」
 それまで私とロベールのやり取りを黙って見ていた果物屋の女店主がそう口を挟んでくる。
「アニェスのお嬢ちゃんと来たら、生ものの買い置きなんて絶対許さないし、食べ頃を外れた食材を出そうとすればそのロベールさんの足を踏むは蹴り飛ばすは、『あなたの目玉はビー玉なの?』って罵倒するは、本当に容赦ないのよ。この間なんか陶芸家のお兄さんが出してた露店で、コーヒーカップやお皿を一つ一つ指差してはボロクソにけなしちゃってね。そのお兄さんも向こう気が強いもんだから、離れてたうちの店まで言い争いの声が聞こえて来て、よくまあ追い出されなかったわよ、本当」
 中年の女店主は本人がいないのをこれ幸いと、尋ねもしないのにアニェスの事をペラペラと話してくる。
「ご自分の口に入れる物や使う物には徹底的にこだわる方ですから。アニェス様は」
 ロベールがそうフォローして、さり気なく話を締めようとするが、
「それにしたって、よくあんなワガママなお嬢ちゃんの所で働いてるわね。うちの店での品物の目利きや、その手を見た感じだと、あんた料理の腕も良いみたいだし、それ相応のレストランで働いたって良いじゃないのよ。もしかして、借金か何かで縛られてるのかい?」
 果物の山の向こうから身を乗り出して尋ねてくる女店主に、ロベールは思わず後ずさり、
「いや、何と言いますか、色々ありまして……」
 言葉を濁すロベールに、流石の女店主の迫力をもってしても早期の陥落は難しいかと私が思っていると、いきなり女店主は私の方へ向きを変え、
「ねえ神父様、アニェスのお嬢ちゃんって見た所お金に不自由してないみたいですけど、親はどうしてるのかしら? 神父様はご存じありません?」
 まさか裏組織などから宝石を分捕ったりしているとは言えず、
「残念ながら、私も彼女の親については良く知らないのですよ」
 実際にアニェスから親について聞いた事はなかったので、この返答に嘘はない。
「あらそう、残念」
 女店主は溜息を吐くと、新しくやって来た客の相手を始める。

「申し訳ありません神父様、おかげで助かりました」
 果物屋を離れると、大きな体を折り曲げてロベールは礼を言ってくる。
「いや、別に良いよロベール。あの果物屋のおばさんは話好きで有名だから。変な噂が立つよりましさ」
「変な噂ですか──もしアニェス様の事で良くない噂が立ったら、アニェス様にどんな事をされるか……」
 どれほど恐ろしい仕打ちを想像しているのか、ロベールの顔色が次第に青白くなってくるので、私は話題を変えようと、
「それにしてもロベール、私も彼女と知り合って結構経つけど、一度も彼女の親についての話を聞いた事がないのだけれど、君は何か知ってるかい?」
 私の質問に、ロベールは「いいえ」と首を横に振る。
「私が初めてお会いした時点で、既にアニェス様はお一人でしたから」
「それじゃさっき果物屋でも訊かれたけど、何で君はアニェスにあれほど献身的に仕えてるんだい?」
 あの果物屋でなくても、それは不思議で仕方なかったが、
「まあ、一言では話しきれない事情がありまして……」
 あの温和なロベールが、そこまで頑として口を割らないのだから、よほど深い事情があるのだろう。それよりも気になるのは、アニェスの素性についてだった。何故ああまで自分用の剣を作る事に執着するのか? いくら異常な程に腕が立つとは言え、年端もいかない少女があちこち飛び回って、親や家族はどうしているのか? これまでアニェスにあちこち連れ回され、振り回され続けて、生き延びる事と聖職者としての仕事で一杯一杯だったが、こうして彼女自身の事情について考える余裕ができたと言う事は、それだけ『常識』の外の世界に慣らされたという事なのだが、そろそろ流されるだけでなく、自分でもっと考えて行動すべきかも知れなかった。
「それじゃ、今度アニェスの家へ行った時にでも、家族について訊いてみるか」

「知らない」
 アニェスは一言で斬り捨てた。
「知らないって──自分の家族なのに、そんな事はないだろう!? 話したくないならそう言えば良いじゃないか」
 食い下がる私に、
「記憶に無いものを、話したいも話したくないもないでしょう?」
 振り払うようにアニェスは答えると、続いてこう付け加えた。
「言っておくけど私、聖ペテロより正直者だって自負してるから」
 十二使徒の頭にして初代教皇たる聖ペテロは、イスカリオテのユダの裏切りによってユダヤ教の祭司達に捕らえられた主イエス・キリストを助け出そうと裁判の場に忍び込んだ時、周りの者達から三度、イエスと一緒にいた者だと告発され、三度とも「知らない」と嘘を言い、自身もまたイエスを裏切った弱さを泣いたという。その聖ペテロよりも自分は正直者だという発言は、聖職者としての立場から言わせて貰えば不遜以外の何物でもなかったが、曖昧な言い回しで誤魔化そうとせず、知らない、記憶に無いと明言した事は、かえって本当にアニェスが家族の記憶を持っていないと真実味があった。もっともそれはそれで、アニェスが家族の記憶を失っているのか、最初から家族と呼べる人間が居なかったのかという疑問が生まれたが、その時は訊いても答えてくれそうになかったので、黙って話題を締めることにしたのだった。
「さあ、これから剣を作るんだから、余計な事は考えないで、しっかり手伝うのよ」

続く

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